アルバート・フィッシュ

2014.11.08.Sat.12:29
1928年5月28日、アルバート・フィッシュ(当時58歳)はフランク・ハワードという偽名を名乗り、ニューヨーク州マンハッタンのある家族を訪ねる。
彼は、この家族が出した仕事募集広告に応じて来たのだった。この時、フィッシュはこの家族のグレース(当時10歳)に目をつけた。

その後、真面目な仕事ぶりで両親を信頼させたフィッシュは、この娘を妹の孫の誕生パーティに連れて行くという名目で連れ出したが、彼女は二度と帰らなかった。その初老の男は、家族と一緒に昼食を食べたこともあり、家族はすっかり信用していたので何の疑いもなく娘を男の誘いに乗せてしまった。

通報を受けた警察は、その男が住んでいるという住所を調べてみたが、名前も住所もでたらめで、結局何の手がかりも得られないまま事件は迷宮入りになってしまった。

それから6年後の1934年11月、一家に、差出人不明の手紙が届く。

― 食べたいくらい可愛い ―
それは、誘拐犯からの手紙でその内容は全く常軌を逸していた。

「中国で人間の肉を食べることを覚えた私は、ニューヨークに帰ってから二人の男の子を誘拐し、殺して食べた。殺す時には、肉をやわらかくするために十分叩いてから殺した。」

「(6年前)あなた方一家と昼食を食べた時、私のヒザの上に座ったグレース嬢に触れた瞬間、この子の肉を食べようと決心した。そしてあの日ウエストチェスターの空家へグレースを連れて行き、まず私が先に裸になり、グレースに『おいで』と声をかけると彼女はおびえて泣き出した。」

「逃げようとしたので、すかさず私はグレース捕まえて服を脱がせ、首を絞めて殺した。それから死体をバラバラにして家に持ち帰り、可愛い彼女を食べた。」

「オーブンでローストにしたグレースの尻の肉は素晴らしい味がした。私は9日間かけてゆっくりグレースの肉を楽しんだ。私はグレースの純潔は奪っていない。だから彼女は処女のまま死んでいった。」

家族は気絶しそうになりながらも、なんとかこの手紙を警察に届けた。1934年12月、捜査は難航したが、筆跡と封筒の特徴から犯人を割り出し逮捕することができた。

犯人の名はアルバート・フィッシュ。現場検証で、自供した通りの場所からグレースの白骨が発見された。

「グレースを裸にして絞め殺した後、彼女の首を切り落としました。切り口から吹き出す彼女の血をすするように飲み干しました。それからナイフを使って胴体から手足を切断して完全にバラバラにしました。」

「家に彼女の肉を持って帰り、ニンジンやタマネギと一緒に煮込んで9日間の間、毎日食べ続けました。その生肉料理を見るたびに異常な性的興奮を覚えました。」

その後の供述で、自分は24年間で400人の子供を殺したと話している。この数字に根拠はなかったが、少なくとも数十人単位で殺害しているのは間違いないようであった。

この狂人には「満月の狂人(Moon Maniac)」という異名がついた。多くの犯行が満月の日に行われたことがその理由であった。

― 彼は正気だった ―
1935年3月11日、公判で、担当した精神医学博士はフィッシュを精神異常として弁護した。博士は弁論で、フィッシュの歪んだ倒錯と性的異常は、彼本来の気質ではなく、不幸な環境によって作り上げられたものであり、彼も被害者であると主張した。

しかし10日間の公判の後、陪審員は彼は異常ではなく有罪であるという評決を下した。裁判官は、フィッシュに死刑判決を下す。1936年1月16日、ニューヨーク州オッシニングにあるシンシン刑務所で電気椅子によって死刑執行は行なわれた。


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