東京市マゾヒズム妻殺害事件

2014.12.17.Wed.15:27
1917年、大工職人のKから「妻が弱ってるので、診てやってください」という連絡がはいり、医者が往診に行ったところ、妻のYの体は硫酸で全身が焼けただれ、指を切断された恐ろしい姿でうなっていた。
硫酸火傷があまりに広範囲にわたっていたため、ほどなくしてYは死亡した。

検死の結果、Yは全身傷だらけで、腰からヒザにかけては22箇所の傷が二列にわたって付けられ、陰部には左右に3つずつ、6箇所の傷が並んでいた。また「K妻」という焼け火箸による文字が、背中と右腕に3箇所も書かれていた。左足の薬指、右足の中指と小指がなく、左手の薬指と小指は第二関節から切断されて無くなっていた。

警察はYが花柳界出身で男の出入りが激しかったことから、夫の嫉妬による虐待死とみて捜査した。
しかし、Kの供述は驚くべきものだった。
―女の喜ばせ方―
Kは所帯があったが、Yに出会ってからは家族を捨て、同棲をはじめた。しかしYには密通癖があり、Kとはきわめて仲がいいにもかかわらず、陰部が疼くと見境なく男をくわえこんでいた。そのたびYは泣いて詫び、Kは知能が低く愚鈍だったためそれを許した。

あるときYは、詫びのしるしだと言って、焼け火箸で自分の背中に「あなたの名前を書いて」と懇願する。Kは嫌だと言ったが、Yは身をよじって懇願する。しかたなく、背中に「K妻」と書いた。肉の焼ける臭いでKは気分が悪くなったが、Yはなんとも言えない表情で満足していたという。

この頃からYは本格的なマゾヒズムに目覚め、一日に何度も夫に性交を求めては、手足の指を切断することを強要する。いやだと言うと、「あたしを愛してないの」と詰めよられ、仕方なくKは協力する。

まな板に手を乗せ、ノミで自分の指を切り落としにかかるが、女の力ではなかなか骨は切れない。そこでやむなくKが、金槌で叩いて断ち切ってやるのである。

右腕の火傷については、腕を上げても下げても見えるように書いてほしいと言われて2箇所に書き、次には内側からも見えるようにしたいから、と云われて3箇所目も書いたと証言した。ほとんど妻のいいなりである。

Yは、「傷つけるのは愛のしるし」と言い、Kも「なるほどそんなもんか」と思っていたらしい。
Kは懲役10年を求刑されたが、判決を待たずして脳溢血で獄死した。
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