葛飾少女誘拐殺人事件

2014.08.31.Sun.09:05
この事件の主犯であるHは、都立高校への受験に失敗した後、定時制高校に通いながら事務員として働いていた。

まだ10代だった彼女は、色気もなく化粧もしていなかったため、とりたてて美人とは言いがたかった。
Hは夜学に通いながら習い事を始め、日本舞踊の教室に通うようになる。同じ教室に東京都葛飾区で「T商店」という鉄鋼工場を経営する社長夫人も習いに来ていた。その夫人に気に入られたHは、T商店の事務員として働くようになる。

鉄鋼工場に就職したとき、Hは21歳になっていた。

それから半年ほど経った後、社長のIは、若いHの体に興味があったのだろうか、「疲れているからマッサージしてあげよう」と誘い言葉で、二階へ連れ込みHを犯してしまう。彼女にとってIは、初めての男だった。

―屈折した恨みは、女児の殺人へ―
男を知ったHは、化粧を覚え、服や髪にも気を使うようになると目を見張るほど美しくなった。

Hは月給8万円のほか、社長の愛人として月々1万円の「お手当て」をもらいながら、結婚しようというIの言葉を信じ、肉体関係を続けていた。まだ世間知らずの彼女にとって、いずれは社長と結婚できるということぐらいしか考えが及ばなかった。

しかしこの愛人関係が社長の妻にバレずに済むはずもなく、妻が夫と事務員の不倫に気づくと、彼女はHをなじった。

I夫婦の仲もこじれ、離婚へと向かっていった。ここまでは、Hの思惑通りだった。このゴタゴタに乗じ、HはI社長の母親に「結婚させてほしい」と直訴をしたが、鼻であしらわれた。

そのうち、雲行きがおかしくなってきた。冷え切っていた社長夫婦の間柄が、少しづつ修復してきたのだ。

きっかけは、家庭内の不和で長男がグレはじめ、家庭円満でなければ子供たちに悪影響を与えるという結論に夫婦の意見が一致したためだ。社長夫婦は、生活を修復し、子供にとっての「あたたかい家庭」を目指しはじめた。

Hはこの事実を知り、自分のマンションに通ってくる社長を問い詰める。しかし彼の言葉に愕然となった。

「家庭円満のためだ、仕方ないだろう。あんたもそろそろ結婚したらどうだ」

前日にも社員の前で、社長から「きみもそろそろいい人ができたら、結婚したらどうだ」と言われている。

ある日Hは、Iと仲人に行くための妻が仲睦まじくしている様子を偶然見てしまった。裏切りによる嫉妬の感情を抑えることができず、悪行を決意する。

社長夫婦が外出したのを確認してから、Hは社長宅にそっと上がりこんだ。目に止まったのは、衣紋掛けに掛けてあった夫人の留袖だ。Hは狂気の赴くまま、ナイフで切り裂いた。

自分の想いを邪魔する女への嫉妬である。

それから長女のM子ちゃん(当時8歳)が下校するのを待ち、「おねえちゃんがいいところへ連れていってあげる」とマンションへ誘い込んだ。その20分後には、M子ちゃんは腰紐で首を絞められ、包丁で頭と背中を何度も刺されて絶命した。

―偽装工作―
外出先から帰ってきたI社長夫婦はM子ちゃんが行方不明になったことを知った。

社長は「もしかして、Hの仕業か」という思いがよぎり、彼女の自宅へ駆けつけた。部屋に入ると、Hは毛布でくるんだ小さな死体を前に、魂が抜けたように呆然と座り込んでいた。

Hは「殺した」と言った。

Iは娘の死体を目の当たりにし、「何をやったかわかってるのか! おまえは死刑だぞ!」と怒鳴り、彼女を突き飛ばした

罵るだけ罵ったあと冷静になり、すぐに保身の念が彼の頭には浮かんできた。わが子を殺されたIには、「愛人に娘を殺されたなんて、妻子にも親戚縁者にも合わせる顔がない。」
そう考えた「悲劇の父親」は、一転して「共犯者」と化した。

IはHに「防臭のためカレー粉を焚け」、「もっと防臭剤を買ってこい」と命令する。この共犯者となったIの姿を、Hは自分への愛情と受け取った。

彼の指示に従って、死体をベビーバスに詰めてセメントで固め、埼玉県大宮市郊外の山林に埋める。

―警察の捜査―
昭和49年10月17日午後、東京都葛飾区の小学校2年生のM子ちゃん(8歳)がランドセルを背負ったまま失踪した。

父親から女児失踪の連絡を受けた警察は直ちに誘拐事件として捜査を開始する。父親は「200万円を要求する脅迫状が届いた」と警察に訴えたため、営利目的の誘拐事件として捜査はじめた。

ところが事件発生後から2週間後の10月29日、誘拐犯が亀有署へ自首してきた。Hであった。Hは当初、単独犯を主張したが、ウソの供述はすぐ崩れ、共犯者がいたことが発覚した。

Hが逮捕されたのは10月30日。

3日後の11月2日、共犯者となったIは、M子ちゃんの葬儀終了後、犯人隠匿・死体遺棄罪で逮捕された。脅迫状はIの自作自演だった。

―明らかになる性癖―
初公判で、Hは「社長は私と2、3回浮気するつもりだったらしいんです。」と証言した。

また「でも肉体関係をしてみると、私は彼とのセックスが気に入ってしまい、離れられなくなってしまった。」と述べた。その時には傍聴席からどよめきの声が上がったという。

Iは「Hから媚態を示され、据え膳喰わぬは男の恥とばかりに妻の留守の日を狙って関係をもった。」

「しかし心の中では妻を愛していた」また「二人の女両方を抱いていた」とも証言した。

Iは取調べの中で、Hの異常性欲についても供述している。

「HはIとの関係を愛情の深さとして測るように、ノートにHとのセックスの回数を書き綴っていた。」

Hは、自分への愛の証を記録することを心の拠り所としていたのかもしれない。

―判決―
公判は、Hに懲役13年、Iに懲役1年8ヶ月、執行猶予3年を言い渡した。この判決は予想よりはるかに軽い判決で、世論の非難の声が高まった。


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