鈴鹿女子中学生バラバラ殺人事件

2014.10.01.Wed.11:39
新潟県燕市の自動車修理業を営むH(当時29歳)は、順風満帆な人生を送っていた。 20代で結婚、妻との間には2人の子がいた。
家も新築し、自動車修理工場も軌道にのりはじめた。
所属していたチームのメカニックとして「鈴鹿8耐」などに参加していた。
誰から見てもHは何の問題もない普通の男性だった。しかしHには狂気に満ちた裏の顔があった。

Hは自分の性欲を満たすため次々と少女を狙った事件を犯していた。

― 事件① ―
平成2年、Hは千葉県流山市内で下校途中の当時14歳の女子中学生を背後から車を接触して転倒させた。
車のトランクに押し込んだ後、強姦しようと殴るなどの暴行を加えたが、少女が隙を見て逃げたため未遂に終わった。
Hは少女が落とした学生手帳を盗んだ。

― 事件② ―
平成4年8月25日朝、三重県鈴鹿市の中学3年のAさん(当時14歳)を見かけ乱暴することを計画。背後から車ではねた。
そのまま乱暴をしようとするが、怪我が予想外にひどく断念。
発覚を恐れたHは殺害を決意。さらに車をバックさせて轢いて殺害した。

その後Aさんを亀山市の石水渓に運び、ノコギリで遺体の手足を切断。
いったん伊賀町の鴉山池に胴体と手足を別々の黒ビニール袋に入れ遺棄するも、1週間後胴体部分だけ浮かびあがってきたため、知人に「犬の死体を捨てたが浮いてきた。気持ちが悪いので手伝ってほしい」と頼んだ。
伊賀町の竹谷池に頭部・胴体部分を黒のビニール袋に入れ、重りをつけ遺棄した。

― 事件③ ―
平成5年5月25日、Hは新潟県西蒲原郡内で自転車で下校途中の当時16歳の女子高校生に道を尋ねた。
少女がメモ用紙に道順を書いているすきに、頭をプラスチックハンマーで何回も殴った。

少女が逃走したため略取はできなかった。また、少女が落とした学生手帳等を盗んだ。

― 事件④ ―
平成5年6月21日、新潟市内で自転車で下校途中の当時15歳の女子中学生を、後方から自転車に車を追突して転倒させたが、少女が逃走したため略取はできなかった。
また、少女が残した学生手帳等を盗んだ。

― 事件⑤ ―
平成5年7月28日深夜、新潟県西蒲原郡内の住居に侵入し、寝ていた16歳の女子高校生に対し、略取目的で右目内眼角付近をケガキ針(金属製工具)で突き刺し、脳内に達する傷を負わせた。
その場で強姦しようとするも失敗し逃走。少女は下半身麻痺・右目失明・言語障害等の後遺症が残った。
犯行の2ヵ月前と1ヵ月後にも被害者方で、学生服等を盗んでいる。

― 事件⑥ ―
平成5年12月1日、福島県麻邪郡内で下校途中の当時13歳の女子中学生を背後から車を接触して転倒させ、少女を車の後部座席に乗せて新潟県東蒲原郡まで連れて行き車内で強姦しようとしたが失敗。
被害者の着ていたセーラー服等を奪い、裸にして山林に放置した。

その他新潟県内で、クリーニング店・学校・商店・民家などから、女子中高生の制服等を盗むという窃盗を9件犯している。

Hは以前から女子中高生の制服に異常な興味を示し、民家に忍び込んで盗むなどした上、自ら着用したり、交際相手や妻に着させたりしていた。

― 逮捕 ―
平成6年(1994年)8月11日、三重県伊賀町の竹谷池でビニール袋にくるまれた手足のない遺体が発見される。渇水によって水位が低下し釣り人が発見したのだ。
歯の治療痕などからこの遺体は2年前に行方不明になったAさんと判明、警察は捜査を開始した。
聞き込みの中で「犬の死体を伊賀方面の池に沈めた」と話していた男がいたとの証言から、Hは逮捕された。

検察は死刑を求刑するも津地裁・名古屋高裁共に無期懲役の判決が下され、名古屋高検は上告を断念。平成9年(1997年)6月に刑が確定している。
判決から1年半あまりが過ぎた平成11年(1999年)2月、Hは自殺した。


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