大久保事件

2014.10.08.Wed.11:40
「教員だという男の人に、絵のモデルになってくれと頼まれたの。ちょっと行ってくる」
1971年5月9日、日曜日の夕方、群馬県藤岡市のOL・G子さん(21歳)は、こう言って家を出たきり自宅にもどらなかった。彼女はそれまで無断外泊をしたことはなく、日付が変わっても戻らないのを心配した家族は警察に届け、徹夜で捜索を始めた。

10日早朝、近くの信用金庫前で、G子さんの兄が妹の自転車を発見した。そばには中年の男がいて、兄が声をかけると男はそばに停めてあった車で逃走した。
兄は車種とナンバーを覚えており、ここで県内に住む大久保清(当時36歳)という男の名が浮上した。彼は強姦致傷、恐喝など前科4犯を重ね、この年の3月に府中刑務所を出所したばかりだった。

5月13日夕方、大久保は前橋市の路上で、家族の私設捜索隊によって取り押さえられた。
逮捕されてしばらく、大久保は「絵のモデルになってくれと言って誘い出したことは事実だが、モーテルに連れ込もうとしたら怒って逃げられた。その後のことは知らない」などと、G子さんの行方については何も話さなかった。

5月21日、榛名湖畔で若い女性の遺体が発見された。警察が最近2ヶ月のあいだに捜索願が出された女性の中から、大久保が狙いそうな女性をピックアップした中の1人、行方不明となっていた女子高生(17歳)のものだった。

5月26日、大久保は厳しい取調べを受け、G子さんの殺害死体遺棄を全面自供。翌日には供述とおり、妙義山北面の桑畑に埋められた女性の遺体が発見された。取り調べでは、他の家出人女性についても聞きだそうとした。

このあと大久保はすんなり自供を始めた。以後、被害者の遺体は次々と掘り出された。
遺体の捜索は自供のままだとしても、自動車を使った広範囲の事件であるから、なかなか見つからない。
ちなみに群馬県警は、この翌年も山中の死体を掘り出すはめになる。こうしたことから「死体発掘が上手な県警」という評判をたてられることもあった。

大久保の被害者は16歳~21歳までの若い女性、8人にも及んだ。すべてナンパして関係を迫り、抵抗されたりすると殺害した。俗に言う「大久保事件」。
大久保の未熟な精神が産んだ悲劇は、戦後犯罪史の中でも最も有名な事件の一つとなった。

― ボクちゃん ―
大久保清は1935年1月、群馬県高崎市で生まれた。父親は国鉄の機関士、母親はロシア人とのハーフだった。兄弟は姉妹5人と兄が1人いる。
大久保は「ボクちゃん」と呼ばれ、兄妹のあいだでは特にかわいがられていたという。大抵のわがままやいたずらは許され、母親は大久保が36歳だった事件当時まで「ボクちゃん」と呼んでいた。
小学6年の時、幼女に性的いたずら。被害者の親が抗議に来た時も、母親は「ボクちゃんがそんなことをするはずがない」と信じようとはしなかった。
地元の中学から定時制高校に進むが半年で退学。横浜市の電器店で住みこみで働き始める。だがすぐに実家にもどり、ラジオ修理販売店を開業するが、19歳の頃、窃盗事件を起こし閉鎖。

55年7月、伊勢崎市で大学生になりすまし、女子高生(当時17歳)に強姦。懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の判決を受ける。しかし、その半年後にも再び強姦未遂事件を起し、今度は懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けた。

1962年、ナンパで知り合った女性と結婚。自宅で牛乳販売店を開業して、一男一女をもうけた。

1965年6月、自分が配達した牛乳の空きビンを盗もうとした少年を捕まえ、その兄を恐喝したために訴えられ、公判で強姦の前科が明らかになった。
この事件後、店の売上げは大きく落ち込み、強姦を繰り返すようになった。

66年12月、ナンパした高崎市の女子高生を強姦、さらに翌年2月に顔見知りの短大生を強姦して逮捕された。懲役4年6ヶ月の判決。
71年3月2日、府中刑務所を仮出所した大久保は、室内装飾品販売業を営むという計画書をだして、父親にマツダ・ロータリークーペを買ってもらって毎日外出していたが、商売をする気はほとんどなかったのではないかと見られる。
これ以後、ナンパに明け暮れたといっても過言ではなく、ベレー帽にルパシカ(ロシア風の上着)という芸術家風のいでたちで、脇には小説を抱えた。これが大久保の考える「魅力的な男」だったのだろう。
大久保は主に県内の主要な駅のターミナルに出没、「美大を出た絵描き」「太田市の中学校の教員」と名乗って、女性に声をかけた。

1973年2月22日、前橋地裁、大久保に死刑を言いわたす。大久保は控訴しなかったので、刑は確定した。控訴しなかった理由について、知人にこう話している。
「生きながらえたとしても、かえって被害者の遺族を苦しめることになり、自分も苦痛から逃れたい」

1976年1月22日、東京拘置所で死刑執行。

何にを見ても、なにも感じない
何にを聞いても心の動揺も感じない
何にをしでかしても無味な答えすら返って来ない
何にを云われても他人ごとのように無感心でいる
ああ!私の心にはなにもない
おお!顔を歪めて笑う男が、ここに一人つくねんと座っているだけ・・・
(獄中手記「訣別の章」より)



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