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神戸連続児童殺傷事件

2014.10.12.Sun.11:41
1997年5月24日頃、神戸市須磨区で発生した連続殺傷事件である。

別名「酒鬼薔薇事件」「酒鬼薔薇聖斗事件」とも呼ばれる。

事件の舞台になった神戸市須磨区

― 相次いで起こった通り魔事件 ―
1997年2月10日、神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人が、中学生らしき少年にハンマーで殴られ、1人が重傷を負った。
犯人が中学生のようだったと聞いた女児の父親は、近隣の中学校に対し犯人確認のため生徒写真の閲覧を要求する。しかし、学校側は警察を通すことを要求して拒否したため、父親は警察に被害届を出して生徒写真の閲覧を再度要求したものの、要求は受け入れられなかった。
この事実は犯人逮捕後、学校側に対し、「この時点で何らかの対応をしていればその後の事件は防げたのでは」との批判が起こった。

3月16日、神戸市須磨区竜が台の公園で、その少年は、小学生の女児に手を洗える場所はないかとたずねた。女児に学校を案内させた後、「お礼を言いたいのでこっちを向いて下さい」(少年の日記より)と言い、振り返った女児を金槌で殴りつけ逃走した。女児は病院に運ばれたが、3月27日に脳挫傷で死亡した。 さらにその10分後には、別の小学生の女児の腹部を小刀で刺して2週間の怪我を負わせた。

― 日本全体を震撼させた犯行 ―
その2ヵ月後の5月24日、その少年は前代未聞の恐ろしい事件を起こす。
人を殺したいという欲望から、殺すのに適当な人間を探し1人の男児を見つけた。顔見知りであった男児に、「亀を見せてあげる」と誘い、通称タンク山と呼ばれる丘で首を絞めて殺害し、首を切断した。翌日には、ナイフで男児のまぶたを切り裂き、口の方からそれぞれ両耳に向け、切り裂いた。

少年は遅かれ早かれ胴体も頭部も発見されるだろうと考え、自分の通う友が丘中学校にあえてさらすことで、警察の捜査から自分を遠ざけようと考えた。
さらに男児の首を校門へ置くだけでは警察の目をそらすには物足りないため、さらに捜査をかく乱する方法として、男児の口に手紙を差し込もうと考えた。

5月27日午前6時40分、友が丘中学校正門前に、男児の頭部がむき出しの状態で置かれていた。
口には第一の犯行声明文が差し込まれていた。

さあ、ゲームの始まりです。
愚鈍な警察諸君
僕を止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大恐に流血の裁きを
SHOOLL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇

捜査本部に全国から寄せられた情報は3000件を超え、捜査員も3500人を動員していた。さらに、警戒要員として、機動隊員ら約400人を連日投入していた。
友が丘中学校で男児の頭部が発見されてから、3週間余りは黒いゴミ袋を持った中年男、不審な白いワゴン車など、多数の目撃情報が浮かんでは消えた。


男児の首を置いた中学校の校門

6月4日、神戸新聞社宛てに第二の声明文が届く。
内容は報道において「さかきばら」を「おにばら」と誤って読んだ事に対しての抗議、再び間違えた場合は報復する、としたものだった。また自分の存在を世間にアピールする為に殺人を犯した、と記載している。

6月28日早朝、警察はついに動いた。
捜査員達は少年に任意同行を求め、事情を聞いていたところで犯行を自供、同時に通り魔事件に関しても犯行を認めた。
同時に日本を震撼させた猟奇殺人犯が中学生だったことに、誰もが衝撃を受けることになる。

「孤独な30代」「複数犯の可能性」などの犯人像が報じられたなかで、犯人は友が丘中学に通う中学3年生の少年であった。
社会に強い衝撃を与えた事件であり、この事件を皮切りに当時の内閣が少年法改正に動く事となった。



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