英国人女性講師殺害事件

2014.11.05.Wed.12:14
2007年3月26日、千葉県警察船橋警察署に、同居していたイギリス人女性リンゼイさん(当時22際)が行方不明だと連絡が入る。署員がリンゼイさん宅を捜索したところ、I(当時28歳)の電話番号・メールアドレスなどを発見する。
午後9時40分頃、千葉県市川市のI宅(マンション4階)に生活安全課と刑事部の署員数人が出向いた。

Iの部屋に捜査員が入ろうとすると、Iは非常階段を駆け下り、マンション裏の駐車場から東京メトロ東西線行徳駅方面に逃走した。非常階段などにも捜査員が配置されていたが、取り逃がしてしまう。

午後10時頃、捜査員はI宅のベランダに置かれていた浴槽の中に、ほぼ全裸のリンゼイさんの遺体が土で埋められているのを発見する。

逃走後のIはしばらく近隣の住宅地の物陰に潜んでいたが、探索中の捜査員に発見される。一旦は羽交い絞めにされたが必死に振りほどき、また逃走した。

―整形手術して逃走―
Iの逃走から2年以上が過ぎていた。

2009年11月5日、名古屋市内の美容形成外科医院が、患者カルテの顔写真を整理していたところ、報道されたIの特徴と一致する写真を見つけ、警察に通報した。

2009年11月10日、神戸市東灘区の六甲船客ターミナルで、沖縄行きの船の乗客の中に、Iに似た不審な男を従業員が発見する。

当日、沖縄行きの船は欠航だったので、大阪南港発の便を案内すると、Iと思われる人物は大阪南港に向かうと言ったため、不審に思った従業員は警察と大阪南港の担当者に通報した。

先回りし待機していた警察官により、Iは身柄を確保され、移送された住之江署において同事件容疑で逮捕された。

―殺しのレッスン―
Iは、リンゼイさんが所属していた英会話学校のレッスンとは別に、個人的レッスンを受けていたことが判明する。

Iは大学で植物や公園のデザイン、建築について学んだ。大学卒業後は就職せず、海外の大学院に進学する為に英語の勉強をしていた。

リンゼイさんのルームメイト(カナダ人)の証言で、3月20日、Iがリンゼイさんに声をかけて自宅まで押しかけ、似顔絵を描き、メールアドレスを聞きだして個人レッスンをする約束をさせていたことがわかった。

3月25日午前9時、Iとリンゼイさんが、レッスンを行うために行徳駅前の喫茶店に来店した様子が防犯カメラに映っている。

Iはレッスンの代金を忘れたと話し、Iの自宅にお金を取りに行く為、2人はタクシーで移動した。
9時54分、自宅マンションのエレベーターの監視カメラに2人が映っているのが確認されている。

Iは、自宅に入ったところでリンゼイさんを押し倒し、結束バンドなどで拘束して暴行したと推測される。その後、取り外し可能な浴槽を和室に置き、リンゼイさんを入れて監禁し、拘束を解くように要求するリンゼイさんを殴りつけた。

3月26日2~3時頃、手の拘束を解いたリンゼイさんが逃亡しようと試みたため、頚部を圧迫して窒息死させた。

リンゼイさんの司法解剖の結果、死因は頚部を圧迫したことによる窒息死で、右目の下と左の頬に殴られた痕があった。

部屋のゴミ袋からは、Iと一致する精液が入ったコンドームが発見された。

―送検―
2009年12月2日、千葉地検は死体遺棄罪でIを起訴する。

2009年12月3日、現場に残された精液がIのものと一致したことから、千葉県警行徳署は殺人ならびに強姦致死容疑で再逮捕を行った。

2011年1月26日、Iは逃亡生活の様子や心境などをまとめた手記を出版し、印税はすべて遺族への弁済に充てるとした。

しかし、リンゼイさんの遺族は「裁判の前に、こうした本を書くことが許されるのか。強い嫌悪感を抱いており傷つけられた。私たちが求めているのは公正な処罰だけだ。」と話した。

2011年7月までの印税は900万円を越えていたが、娘を殺したことをネタに金儲けをしているとして、1銭たりとも受け取らないことを千葉地裁で明らかにしている。

2011年7月21日、千葉地裁は検察側の求刑通り、Iに無期懲役の判決を言い渡した。強姦致死罪ではなく、弁護側が主張する強姦罪にとどまった。

Iの弁護側は、事実認定の誤りと量刑不服などを理由に、8月2日に東京高裁に控訴している。 Iは「自分の言っていることは事実である。どうして信頼できないと言われるのか」と接見した弁護団に話している。


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